僕としては数少ない昆虫写真。
休耕田を覗いていたら、
目に入ったのが蝶。
雨が時折落ちてくる天気のせいか、
草につかまりじっとしていた。
マクロを持っていなかったということもあるけれど、
自分らしく撮るにはどうしたらいいか・・・、
などといつものようにあれこれ考えながら撮ったコマがこれ。
風景(雑草)の中の主役(蝶)。
自分としてはこういう感じなんだろう、と一人で納得。
ところで85mmについて触れてみたい。
35mmと85mmは僕にとってなくてはならない画角だ。
その85mmについてなぜ撮りやすいのかようやく分かってきた。
webをいろいろ渡り歩いていたころ、
「85mmは文章で切り取る間合い("息づかい"だったか)ににている画角」
という意味の言い方をされた方がいた。
僕はその時点では意味がわからず、
ずっとその言葉だけが頭の中にこびりついていた。
「文章で切り取る間合い(息づかい)」
それが最近自分なりに解釈できるようになってきた。
文を書くとき、伝えたいことだけを書くことがある。
連絡用の文書や論文のような説明文だ。
それは明確だけど紋切り調の味気ない物になってしまいがちだ。
でも、小説などは違う。
主役を明確に描写しながら、
その背景も描写しないと深みのないものになってしまう。
だからといって背景に重点を置きすぎるとじれったい物になってしまう。
その程よいところで書く間合い(息づかい)は、
背景をある程度入れながら主役を際立たせる85mmの画角と同じ感覚なんだろう。
そして僕が狙っている写真の一翼がそれに当てはまるのではないか。
今日の写真はそれを表現できている感じがするのだ。
あくまでも蝶が主役なんだけど、
どんなところにいるのかを含めて撮ることによって、
その場の空気感を出そうとしている。
50mmで同じような構図で撮っても、
85mmより多くの物が後ろに入ってしまうため、
僅かに重く騒がしくなってしまう。
とにかく、そんな感じ方があるんだということを、
最近分かってきたような気がする。
自分にとっての85mmの存在理由。
それを少しずつ掴んできている。
悪くない。
かかっていた靄が切れて、
視界が広がったような感じだ。
頭の中がクリアーになっている。
でももう一翼の35mmはまだ言葉にすることができない。
つかみ始めているんだけどもうすこし時間が必要だ。